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株式会社ワークスアプリケーションズ 牧野正幸

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自らの創業にはあまり興味がなかった

牧野 創業前の二年間はコンサルタントをしていて「欧米同様、日本でもカスタマイズ(改変)する必要なく導入可能なERPパッケージを提供したら世の中のためになる」と考えて、いろんな会社に提案したのですが、リスクが高いという理由で、みんな二の足を踏んだ。ERPパッケージは、従来オーダーメイドが主流だった大企業の業務システムをパッケージソフトという形で提供するもの。そうすると、導入する企業側のコストは格段に下がる。このまま、各企業がシステムを一から手作りしていては、日本企業にとって不利益になる。各企業が使えるERPを開発すれば、開発費を一〇〇倍かけても五〇〇倍の数の企業に売れるので、それぞれの企業にも五分の一の価格で提供できる。そういうことを誰かやってくれないかな、とずっと思っていた。

上田 自分でやりたいわけじゃなかったわけね(笑)。

牧野 仕事をするのは好きなんですが、創業そのものにはあまり興味がなかった。自ら創業するとなると難易度が高いじゃないですか(笑)。ましてべンチャーでできるビジネスではないと思っていました。開発は恐ろしくコストがかかりますからね。それに大企業相手のビジネスだと販路も問題。

上田 起業のハードルが高い。

牧野 小さなパッケージソフトなら、天才が三~四人いればできる。しかし、ERPで業務上必要となる機能を全て網羅しようと思うと、何千社もの大企業が使える仕様にしなければいけない。非常に大規模で複雑なパッケージソフトとなるので、優秀なエンジニアが山ほど要るわけです。これは資金と人材と販路を持っている大企業じゃないととてもクリアできない。だから、大企業を相手に提案していた。ところが、その大企業ですら躊躇する無理難題だった。

上田 大企業でもできないんだ。

牧野 優秀なエンジニアを大量に使おうと思ったら、ほかの収益部門から引き抜いてこないといけない。販路はなんとかなるかもしれないけれど、パッケージが要らないお客さまに対してはオーダーメイドのものを売るほうが売り上げは大きくなるし、パッケージが必要なお客さまに対しては海外のパッケージを輸入すればいい。わざわざリスクを負って目前でERPを作るメリットを感じないんです。

上田 どうして、日本自前のERPが必要なんですか?

牧野 IT投資のROI(投資利益率)は 米国のほうが日本よりも何倍も高い。それは、会計や人事などの業務システムこ対する米国企業の投資額が日本の三分の一だからです。そんなに安くなるのは、米国企業がパッケージソフトを使っているから。実際のところ、全部オーダーメイドでやっているのは日本だけです。

日本企業の文化に合うパッケージを提供する

上田 IT投資は、企業のコストの中でも、ものすごく大きなウエイトを占めていますよね。

牧野 このまま放置すると、長期的に見た日本企業の競争力は絶対に落ちていく。だから、誰かにやってほしかった。ところが誰もやってくれない(笑)。

上田 世界的には、SAPやピープルソフトが有名ですよね。

牧野 SAPやピープルソフトは、日本だと「メルセデスベンツ」のイメージがある。でも海外では、「カローラ」。安いから売れているんです。それなのに、輸入した段階で「舶来品」「高級品」という売り方になってしまっている。そこにものすごくギャップを感じます。しかも、欧米企業の文化に馴染んだ製品なので、日本企業の実情には合わない。

上田 私の会社でも導入したんですが、カスタマイズするのには本当に苦労しました(笑)。

牧野 そうなんですよ(笑)。日本はこれだけの経済規模を持っているんですから、日本に合ったパッケージベンダーがいなければダメなんです。だったら、口火を切って第一社目になろうと決意して当社が参入したわけです。

上田 でもその後 追随したERPベンダーは出てこなかった。

牧野 まず、日本では相当地道に努力しないと売れない。当社の製品は五〇〇社を超える大企業が採用してくれましたが、いまだに大手ベンダーが取り仕切っている官公庁にはなかなか入り込めません。

上田 歴史と知名度という「葵の御紋」が要りますからね。

牧野 じつは、一〇年前の大企業もそうでした。コストよりも、信頼度というか安心感という世界。「コストは倍でもいいんだ」というご意見も多くいただきました。

上田 特にシステムは業務の中核を形成していますから、「頭脳がもし止まったらどうするんだ」という話になりますからね。

牧野 そういう考え方が変わったのは、景気が急激に悪くなってからです。欧米企業を調べた会社が、低コストのパッケージソフトを前提にすべきじゃないかと考え始めた。じつは、大企業二五〇〇社のうち六〇%はまだオーダーメイド。パッケージに入れ替わっていくのは、これからです。

上田 市場の開拓余地はまだまだあるわけですね。それにしても、なぜほかのベンチャーは、ERPに参入しなかったのでしょう。

牧野 パッケージベンダーの理想は「ノーカスタマイズ」。完成品を届けたら、マイクロソフトのOSのように「そのまま使ってください」というのが基本。一社一社に対してプログラムを修正するのではなくて、機能を豊富に揃え、使い方はいろいろあります」というふうに使う側に機能を選んで使ってもらう形が本筋。

上田 ところが日本では、「パッケージソフトはカスタマイズして使うもの」という感覚がある。

牧野 ポイントはそこなんです。日本では、「個々の企業はそれぞれ違うんだから、機能が足りないのは仕方がない。足りない部分を全部組み込むのではなくて、それぞれ作っていけばいい」という考え方が主流です。この環境をべンダーからみると、「パッケージが多少未完成でも、後でカスタマイズするから、そのときに補えばいい」という発想になる。つまり、パッケージの開発費用を下げられる。その上、カスタマイズするときに追加の開発費ももらえる。ダブルのメリットがあるんですね。それで、新規に参入したベンチャーはカスタマイズをするというやり方に走ってしまった。ただ、このやり方を続けている限り、パッケージソフトは永遠に完成しない。

上田 そりゃそうだね(笑)。

牧野 カスタマイズを前提としたやり方だと、機能が低ければ低いほど収益力が高くなるという矛盾から逃れられない。

上田 その矛盾を突破するためには、結局、優秀な人材を大量に用意しなければいけませんね。

牧野 ところが、IT業界はもともと人手不足で、優秀じゃないエンジニアを集めるのですら難しい。

上田 確保するのも大変ですが、採っても、あっという間にどこかへ行っちゃいますからね。

牧野 日本において最も優秀な人材は、ソフトウェア会社には就職しません。メーカーや商社や金融などの一流企業に行く。それならそこから採ればいい。そこで創業時、IT業界からは人を採らないと決めたんです。最初の一五人は友人・知人関係のコネでトップクラスの人材を引っ張ってきました。

上田 それは相当大変だったと思うんですが、その一五人を落とした口説き文句は何だったんですか。

牧野 「日本で初めて世界と戦うためのパッケージソフトを作る」というミッションでした。われわれがやらなかったら誰もやらない。われわれがやろうとしているのは、世界と戦っていくことであって、日本企業のために必要不可欠なんだ、と熱心に口説きました。

上田 ERPを通じた社会貢献を説いたわけですね。

牧野 そういう社会的な意義が大事なんです。お金だけじゃない。だって創業すると、コンサルタントのときと比べだら大幅に報酬が下がるし保証もない。目分の損得だけだったら、創業というのはデメリットでしかないですよ。

上田 ものすごいリスクですしね。

牧野 ただ、ITコンサルティングだと、じつのところ本当のメリットをお客さまに与えられなかった。理論的にはやるべきだけれど、コストを考えたらやらなくてもいいというものが九五%。ただ、それがわかっていても、「必要ですよ」とお客さまに言っていかないと、自分たちのコンサルティング・ビジネスが成り立たない。

上田 私もコンサルタントを沢山使いましたが、そういう本音を話してくれるコンサルタントを雇いたかったですね(笑)。

牧野 胸を張って、「社会に貢献しているんだ」とは言えないわけです。お金も大切ですけれど、それよりも大事なことは、その仕事が世の中の役に立っているのかということなんですね。

上田 大賛成です。やっぱり企業というのは、何か社会的な使命感があって存在価値がないと、長く続かないし、いい形で成長しない。

牧野 日本は強い大企業があるから、外貨が獲得できて、日本経済が強くなっている。大企業が国際競争で打ち勝っていかないと、その下に参集している中堅・中小企業も生き残れない。だから当社は、大企業の最も大きな投資の一つであるIT投資のROIを、世界レベルに引き上げるということを会社の目的にしたわけです。

上田 そういう目的を訴えて、良い人を集めたわけですね。

牧野 グローバリゼーションの流れの中でシステムというのは標準化されているようにみえますが、じつは、仕事の進め方というのは文化に密着している面が強い。だから、そんなに簡単にはグローバライズできないんです。だからこそ、この分野における日本企業は不可欠。優秀なエンジニアは、そのことを理解してくれますね。当社は、大企業で眠っている人材を引っ張ってきました。

「人活」のポイントは採用

上田 非常にユニークな採用をされたらしいですね。

牧野 人を育てるよりも、優秀な人材を採るという考え方を優先します。ビル・ゲイツも「教育ではなくて、優秀な人材をどれくらい集められるかが勝負だ」と言っていましたが、今だとグーグルがまさにそうですよね。優秀な人材がこぞって集まってくるから、あれだけのものができる。だから、優秀な人材を採ることに関しては、お金をかけています。

上田 教育するといっても、小さい会社だと難しいでしょうし。

牧野 ましてや、ベンチャー企業だと、去年までやっていたことを今年は打ち破らなければいけない。そういうことの繰り返しです。IT業界では、三年前の製品が跡形もなく新しい製品に変わってしまいます。必要なのは、継続して工夫することではなくて、根っこから革新すること。破壊と革新の繰り返しを続けざるをえない。

上田 破壊と革新を繰り返している間は、教育はあまり有効ではないですからね。

牧野 普通の産業だと、流体力学や電子工学が大きく変わることはありませんから、何十年もかけてゆっくりと進歩することになる。でもIT業界の場合は、マイクロソフトやオラクルというインフラを作っている会社が革新してしまうと、すべての大前提が崩壊する。そうすると、また一から構築しなくてはいけない。この繰り返し。われわれは自ら破壊していかなければいけないんですね。

上田 そうなると、継続と工夫を教える教育では役に立たない。

牧野 それよりも、ゼロベースから物事を作れる、問題解決能力のある人材が大量に必要なんです。当社は、そういう人材を集めることに集中特化してきました。例えば、創業からしばらくして、「プロフェッショナル養成特待生」という制度を作りました。

上田 どういう制度ですか。

牧野 大企業で働いている文系の若者が対象です。大企業では若手は、高度な仕事をいきなりやらされるわけじゃない。本当はもっと面白い仕事がしたいのにと、悶々としながら日々の雑務をやっている。たまたま当時は、若者の間で、手に職がないと四〇歳、五〇歳になったときに生き残れないという不安が充満していました。そこでITを全く知らない大企業の若者に対して、「当社でチャレンジしてみませんか。勉強ができたのであれば、仕事もものすごくできるようになる可能性がありますよ」という採用を仕掛けたのです。

上田 特待生は、どういう待遇になるのですか。

牧野 六ヵ月間給与を保証した上で徹底的に教育しました。イヤだったら辞めてもいいし、そのまま当社で働いていただいてもいい。「あなたは勉強はできたかもしれませんが、仕事ができるという保証はどこにあるの」といったトーンの攻撃的な募集広告を打ち続けました。毎年一〇〇〇人単位の応募があって、毎年数十人の社員採用ができました。当時の新人社員が、現在当社の中核になっています。

上田 ただ、不況が一段落すると、大企業からの転職組は一巡したのではないですか。

牧野 次に導人したのが、学生向けのインターンシップです。「ベンチャー企業で働いたり、起業して成功するタイプ。つまりゼロから問題を解決できるタイプかどうかを一ヵ月かけて判断してあげます」という触れ込みで始めました。夏休みや春休みの一ヵ月間、学生を受け入れ、朝から晩まで缶詰にしてギリギリと問題解決の試練を潜らせます。さらに学生を拘束する分、給料も支払います。

上田 そのインターンシップには、毎年八〇〇〇~一万人の応募があると聞きますが。

牧野 その中から約一〇%をインターンシップに受け入れて、最終的に基準を満たすのが二〇〇~三〇〇人。相当ハイレベルな人材が集まっています。そして合格者には、評価に応じて「いつでも人社していいですよ」という三~五年の入社パスを出します。採用予定人数は決めていません。優秀な人材であれば何人でもいいから来てほしい。二年もたてば、宝の山に変わります。とにかく人材がすべてなので、営業が顧客の数を決めないのと同じ。採れるならいくらでも採ってこいということです。

上田 インターンシップで入ってくる若者の入社理由は?

牧野 面白いのは、当社に就職する人間に優秀な人が多いという理由なんですね。インターンシップには、学生の中でもトップクラスが集まっている。初めは「ワークスのインターンシップって面白いよ」というロコミ情報で集まってきただけなので、当社に就職する気なんてない。その若者たちが、最後には「このメンバーがみんな行くんだったら、俺も行こう」という感じで入ってくる。

上田 お互いに刺激しあうんでしょうね。ただ、優秀な人たちがたくさん集まってくると、難しいのが評価ですよね。

優秀な人材を
伸ばすことを重視する

牧野 当社は、創業から一〇年、中間管理職を置きませんでした。急成長している会社でピラミッド構造を作っていくと、中間管理職が上蓋になってしまうからです。その上蓋が障害となり優秀な人材がどんどん辞めていく。だから当社は長年、ネットワーク型組織で管理してきたのです。効率はものすごく悪いのですが、優秀な人材はすごい勢いで伸びていきます。限界がくるまで、それでいこうという考えで、一〇年間は完全にフラットな組織でやってきました。チーム分けはしますが、チームリーダーに命令権はない。

上田 すると、チームリーダーは職階ではないわけですね。

牧野 当社においてチームリーダーは、権力者ではなくて、「まとめてくれてありがとう」という存在ですね。人事考課の際には、全員に「最も優秀な社員は誰か」という順位づけを一番から順番につけさせています。この三六〇度評価の順番で報酬も決めます。

上田 上司が決めるわけじゃない。

牧野 フラットな組織で、上司がいなかったので、上司による部下の評価というものはない。私も評価しません。「これおかしいな」という評価があると、「なぜそうなるのか説明して」と聞くだけ。妥当性があったら「わかった」という話になるし、妥当性がないとその理由を問い質します。評価に対する評価はしますが、順位の入れ替えは一切しない。機械的に彼らが順位を決めたのならそれでいい、というやり方をとってきました。

上田 概念はわかりますが、実務上機能するというのはすごい。決め手は文化ですね。価値観を共有できないと難しい。

牧野 一番重要なのは、「問題を解決するのが仕事であって、それ以外は仕事ではない」という価値観の定着です。技術を身につけるのも、知識を身につけるのも自由ですが、それは仕事じゃない。間題が起こっていないオペレーションを維持し続けるのも問題解決じゃない。報酬を払う価値はあるけれど、高い報酬を払う価値ばない。

上田 トヨタ自動車では「仕事」と「作業」を分けています。「作業」にはカネを払わないが、「仕事」にはカネを払うと言っています。それと同じですね。

牧野 ベンチャーの場合、資源も、時間も、人手もない。何もかもがない。だから「これとこれがないからこれはできません」という人は要らないんです。ところが、多くの人は、「これとこれがないからこれはできません」と言ってしまう。私は、「そういうことは一切関係ない」と断言して、「これとこれがないから、これがあなたの仕事なんでしょ。これとこれがあったら、誰でもできる」という説明をする。これが当社の原動力。

上田 それでチャレンジ精神が生まれてくるわけですね。

牧野 みんなが無理だという仕事であればなおさら大チャンス。「できなくても仕方がない」とみんな思ってくれるし、できたら「すごいね」と誉めてくれる。だから、「みんなができないという仕事をやりましょう」という価値観を大事にしています。当社では、三六〇度評価で報酬が決まるのは当たり前なんです。

上田 三六〇度評価をしている企業は多いのですが、上司と部下の評価でぶつかりますよね。

牧野 上司による部下の評価が中心の会社に、三六〇度評価を導入すると、上司の権威が失墜します。長い間に、上司の観点からしか人材を見られないマインドセットになってしまっているので、部下の観点から上司を評価するという感覚もわからない。当社の場合、最初から三六〇度評価だったので、違和感がないんでしょう。

上田 企業文化というのはそういうもの。最初からそうだから文化になる。人の活用という点で、理屈に最も合っている感じがしますが、その際の秘訣はなんですか。

牧野 ウソをつかないということです。社員が損をするようなことは絶対やらない。当社においては、人材が最大の宝物ですから、「社員から騙し取ろう」という発想はあり得ない。このことだけはハッキリと言い続けています。

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